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Save the Earth Essay and Visual Contest
題名:私の為に、地球の為に。
Title :
地球を救いたいと思うならば、まず自分を救わなければ。これは、私が辿ってきた道です。
1999年、私は50歳だった。事業が行き詰まった。家族を養うこと難しくなった。
逃げ出すは簡単だ。この世から逃げ出す人だってたくさんいる。だが、私は生きることを選んだ。
私は、1970年代、あの急進的な時代にオーストラリアのアボリジニの人々と仕事をした経験があった。
自然を敬愛し、真の知恵をもった人々。私も彼らのように生きたかった。私は彼らを想い、
深く考え、本を読み、ある15年計画を立てた。私を救い、日本とカナダの血を受け継ぎ
日本に住む私の子ども達を救い、地球を救う方法。私は今、その4年目にいる。
私は、「水」をテーマに選んだ。
私の母国カナダは地球上の淡水の20%をその国土に抱いている。全ての生き物に必要な水の大切さは、
充分に理解されてはいない。これを訴えることと事業を結びつけよう。ではどうやって訴えるのか?
ダンス、歌、音楽、朗読と結びつけた。原始以来、私達がコミュミケーションに使ってきたものだ。
次はスポンサー探し。これは困難を極めた。日本で外人として生きることは難しい。
スポンサー探しはそれ以上に難しい。多くの利益は望めないからだ。
私は自分の資金を注ぎ込むしかなかった。私を応援してくれる人達の温かい言葉がなければ耐えられない
試練だった。小さなステップを重ね、2001年、カナダ大使館で「水」の大切さを訴えるフォーラムを開いた。
国連大学から招いた講師による講演、モダンダンス、ピアノ演奏、南アフリカの水問題に焦点を当てた
映画は人々の心を捉えた。フォーラム参加者の中に第三回世界水会議・京都2003の関係者がいて、
私に講演を依頼した。会議は日本の皇太子ご夫妻、モロッコ、オランダの王族が臨席し、
参加者は8,000人以上だった。私達は、一歩前進したのだ。私の友人達、カメラマン、翻訳者、
ホームページ製作者、舞台演出者は、京都会議、北京での映画祭、長野県白馬での湖の
クリーン・アップ・イベント、インドでの初めてのイベントを催した。企画は少しずつ大きく
良いものになっている。白馬では、発見があった。それまで行っていたダンス、講演、歌の代わりに
ラップ・ミュージックとレゲエ・ミュージックを使ってみたのだ。ダンス・パーティはイベントの
経費を補ってくれる。ラップ、ダンス、「水」を大切にしようというメッセージを組み合わせたのだ。
軽快なラップのリズムに乗ってラッパー達が若者に呼びかける。今、自然環境を大事にすることが
どんなに大切なことなのか。飲み水を大切に考えることがどんなにクールでかっこいいことなのか。
50歳という年齢は、我々と地球を救う為の何かを始めるには、全く障害にはならなかった。
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