ESSAY : UNTITLED 1

「将軍」と言う小説を読んだことがありますか。小説を読まれていない方でも、映画をご覧になった方はいらっしゃると思います。この小説の主人公はポルタガル船の船長で、悪天候のため船が遭難し、長崎の海岸にやっとたどり着いたのでした。彼は村人から’あんじん’さんと呼ばれてしたわれ、また当時の大名達からとてもいい待遇を受けました。どうしてこの小説のお話しをしたかと申しますと、私が始めて’ガイジン’と言う言葉に出会ったのが、この小説だったからです。

だいぶ前のことになりますが、日本に滞在する外国人のうち、日本人の子供ばかりでなく大人からもガイジンと呼ばれて不快感を持った人が七割から八割いたという調査結果を見たことがあります。現在の日本は、国際化が進んで、いろいろな国からさまさまな人達が集まってきて、その人達を総合的に’ガイジン’と呼んでいるのだ何となく思っていました。ですから当然自分も日本に来て’ガイジン’だと思っていたのですが、時がたつに連れ、日本人の考え方や習慣が少しわかり始めてくると、何か違うなと思い始めました。つまり、自分は日本人にとって’ガイジン’ではないかもしれないと思い始めたのです。

日本人が’ガイジン’と呼ぶとき、呼ばれている人達をちょっと観察して見ましょう。 まず、彼等は東京や大阪の様な大都会に住んでいる肌は白くて、髪は金髪、目の色はブルーかブラウンといった外見。そしてほとんどが一流の日本商社や外資系の大企業に勤める欧米人達です。日本人が彼等を’ガイジン’と呼ぶとき、どうも悪意があったり差別する意味で呼んでいるようではありません。どちらかというと、何か彼等に対する劣等感を覚えて、呼んでいるようです。

一方、日本人の若者が3Kといってあまり働きたがらない建築現場、中小零細企業の現場にも、日本人から’ガイジン’と呼ばれている人達がいます。彼等はたいていがアジアの出身で、経済大国日本にあこがれてやってきた人々です。日本人が彼等を’ガイジン’と呼ぶとき、日本人の態度に冷たさや偏見を感じるのは私だけでしょうか。まだ’ガイジン’と呼ばれるのはいいほうで、’ガイジン’とさえ呼ばれず、いわばその存在を無視されている人々もいます。

こういった日本人の考え方を反映する日本語を一つ上げて見ましょう。残念ながら私はまだ行く機会がないのですが、銀座や六本木の高級バーやスナックで水商売をやっている金髪の外国人は何と呼ばれるかご存じですか。そう、ガイジンホステスさんです。では、アジア出身の同じような職種の人はどうでしょう。ジャパユキさんと呼ばれています。 現在の日本とアジア諸国との間の経済格差は大変なものです。この今の日本の経済力というか物質的豊かさを支えてきたのは何でしょうか。日本人が勤勉だからとか、日本企業の組織力が強いからだとかよくいわれます。しかし、この経済発展は本当に日本人の努力だけで成し遂げられたものでしょうか。私は、そこにアジアの国々の力もあると思います。現在、日本にとってアジアの市場は非常に大きなものです。。日本の輸出の約30%、輸入の約40%がアジアによって支えられています(資料1989)。また最近ようやく環境問題が取り上げられるようになりましたが、日本は70年代初め国内で大きな問題になった公害企業をアジアのほうに送出し、アジアからは熱帯林をどんどん切り倒して安い木材を持って来ています。さらに、日本から進出した企業はアジアの人達の非常にやすい労働力を使って製品を作り、生き延びようとしているのです。

私はそのアジアの一国フィリピンから日本の援助を受けて、技術を学びにやってきました。ここで皆さんに訴えたいのは、現在の日本の経済力の底力としてがんばってきたアジア諸国の人々、ガイジンとさえも呼んでもらえない人々、にももっと目を向けてほしいということです。

今では、鹿児島でも外国人と接する機会がますます増えてきています。鹿児島県に在住する外国人は3371人、そのうちアジアの出身は2484人だそうです。どうか、先進国出身、途上国出身などと差別しないで、接してください。鹿児島県は「日本の南の拠点造り」を推進していると聞きます。本当の国際化と異文化理解は、一般の市民レベルから始まります。大都市と違って人と人とのつながりを大事にする一地方鹿児島でこそ、それができると信じています。

Hosted by www.Geocities.ws

1