ある冬の出来事
ポツダムに戻るべく、まず最初にやったことは「車を取りに行く」ことでした。ポツダムに住む前にサリバンカウンティという場所にあるカウンティカレッジに通っていたのと、そこに後輩が数人住んでいる為、車を預けていたのでした。サリバンに戻ってくると車の右前輪は空気が抜け、ワイパーも動かなくなっていたので「ちょっとかかるかな、、、」と思い、それなりの覚悟をしていました、、、が、ワイパーはねじが外れていただけ、てっきりパンクしたものだと思っていたタイヤも車屋に持っていくと「原因不明」との事で修理代は払わなくても構いませんでした。胸をなで下ろしながらポツダムに戻る準備をしていた所に、そう、寒波がやってきたのです。それも並み大抵の物ではなく、次の日には全てが雪で埋められる程でした。そこにもってきて4駆車でも難しいであろうと思われる天候にも関わらず乗っていた車はFRのニッサン200SX、85年製。ひとくちでいえば「スポーツカー」で、たとえスタッドレスタイヤを履いていたとしても当然動くわけも無く、車が動かせる様になる日まで滞在するしかないか、と思いました。そこで、気持ちをきりかえそこに残っていた自分の私書箱をチェックしに郵便局に行くと大学からの手紙を見つけ、チェックしてみると「大寒波襲来の為、講議が始まるのを1週間遅らせます」といった内容のものでした。不幸中の幸いと思い先輩と後輩の部屋に数日ずつお世話になりながら狂った体内時計を調節していきました。
数日後、早朝4時、激しかった雪も力を弱めて出発するのにはちょうど良い時期と思われたのですぐに出発準備をしました。丁度この時にのちのちの車の運命を左右する事が起きてしまったのです。NYについて五日目の事でした。出発の準備の為、まずエンジンをかけアイドリングさせながらエンジンを温めると同時にエアコンをつけ、内側から窓に張り付いた氷を溶かしつつ積もった雪をどかしていました。自分も寒いので車の中にあるこまごました物を片付けつつあたたまっていると氷が溶けて来たのか窓ガラスに水がたまっていました。いつもはプラスチックのヘラの様な物を使い窓ガラスまで削り取るかの様に氷を削り取っていたのですがその時はたまたまヘラが無く氷が熱で溶けるのを待ちながら手袋をはめた手で取り払っていました。少しまって、氷を剥がして驚きました、水が溶けているものと思っていた横一面に入った線は窓ガラスにはいったひびだったのです。滅茶苦茶驚きながらも自分を宥め、反対する心を無理矢理トランクと一緒に車に詰め込んで寝ている先輩にお礼を述べ出発しました。
サリバンカウンティからポツダムまでおおまかにわけて2ルート、「時間はかかるが迷いにくく夜道でも安全なルート」と「起伏の激しい山道を走って直線に進むルート」。余裕があれば安全なルートをいくべきかと思いましたが、休みが残り2日であることを考慮すると1分でも早く着いて体を休め、講議の準備をしたいというのが本音でした。そのため、直線に進むルートをポツダムに向けて出発することに決定しました。暖房をガンガンに聞かせ、眠気覚ましにヘヴィーメタルをかけながら(当然の如く自分も大声でシャウトしながら)山道を疾走していました。途中で道を確かめ、ガソリンを入れながら自分もお昼の代わりにミネラルウォーターとスニッカーズをかじり、少し休憩をとりつつもまじまじと窓ガラスのヒビを眺めたり、そーっと触ったりして少しずつ現実を実感していました。いや、正確に言うと「実感させようと努力した」方が正しいかもしれません。
五時間後、初めての道の為に戸惑う事はありましたが道に迷う事も無くポツダムに到着し、そのまま車を寮の部屋の前にとめ、 まるで流れ作業の様に荷物を部屋に運び込んでいきました。そして、車を駐車場にとめると同時にキャンパスライフが始まりまいした。
警察に事情を話すべくクイーンズに向けて再度出発したのは丁度それから一週間後の土曜日の事でした。
つづく
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