たかられる国・ 日本



 いまや中国は日本をはるかに上回る勢いでアメリカの国債を購入している。 原資は輸出で得た外貨。 それはバブル経済の絶頂期、日本がアメリカの不動産や債券を買い漁った時代を彷彿とさせる。 米ドルの保有額で見ても、香港や台湾を合わせれば、日本を抜いてしまった中国。 闇ルートを含む対米投資は8000億ドルに達する。 中国企業によるアメリカや日本企業の買収攻勢もますます活発化している。 ( ※1 )
 この金融力によって、中国は世界を思うがままに操ろうと考えているのだろうか。 人民解放軍の内部文書「 超限戦 」からは、「 アメリカや日本との最終戦争に勝利するには手段を選ばない 」という中国の意図があからさまに読み取れる。 「 あらゆる手だてを講じて、進んでいる国にたかれ。 お人好し国家を狙い撃ちにせよ 」というわけだ。 そのような戦略に従い、中国は自国の経済発展を維持するため、世界各地で先端技術やエネルギー資源の争奪戦を演じている。 ( ※2 )
 彼らの行動パターンはサイバーテロを繰り返すハッカーとよく似ている。 ネット犯罪者は証拠を隠すために、第三者のコンピュータを踏み台に使う。 同じように、中国は自らの野望を実現するため、日本を踏み台にしている。 「 戦争責任 」や「 歴史認識 」という交渉カードを使い、日本から過去20年以上にわたり6兆円を超える有償、無償の経済援助を引き出してきた。 最近では旧日本軍の遺棄化学兵器を使い回しすることで、日本政府から1兆円もの処理費をかすめ取ろうと工作している。 中国にとって日本は「 しゃぶり甲斐のあるお人好し国家ナンバーワン 」なのである。
 援助を受け取る時の仮面は常に「 被害者 」であり「 発展途上国 」。 しかし、中央アジアや遠くアフリカの国々から天然資源を獲得したり、日本の国連安保理常任理事国入りを拒むために、アジア・アフリカ諸国を脅す際には、たちまち「 軍事大国 」や「 援助を施す先進国 」へと変身する。 その華麗な手口は日本映画にも出演する超人気女優チャン・ツィイーのように鮮やかである。
 日本を技いて世界第二の原油輸入国となった中国。 国内需要を満たすのは容易なことではない。 とはいえ、彼らには中国式の「 禁じ手 」という武器がある。 石油メジャー・が試掘を行なった途上国の鉱区を巧妙に奪い取るのである。 例えば、西アフリカのアンゴラで発見された石油鉱区の場合。 インド石油ガス公社がロイヤルダッチ・シェルから購入することになっていたが、中国はアンゴラヘ20億ドルの経済援助と軍事支援を与えることで、契約を横取りしてしまった。 このような事例は枚挙にいとまがない。
 とにかく、必要な情報は欧米企業から盗み、資金は日本から手に入れるのである。 日本からの経済協力や円借款を使い、東シナ海でも日本の領海近辺での天然ガスの油田開発を強引に進めてしまう。 日本政府の抗議など馬耳東風のようで、上海への天然ガス供給パイプラインすら完成させてしまった。 しかも、日本からの融資を利用しての荒技。 これが彼らの常套手段なのである。 その巧みな手法は、あらためて「 たかり大国の歴史 」をしっかり認識しておくべきであろう。 しかも、近年その手法は一層磨きがかかってきた。 アメリカはいうまでもなく、ロシアやインドも、中国には脱帽せざるを得ない強かさなのである。
 とはいえ、中国を「 究極の脅威 」と見なすアメリカは対策に余念がない。 中国のたかりの本性やノウハウを研究し、その上前をはねようと水面下での暗闘を繰り広げている。 東シナ海でも、中国内陸部や旧満州地域でも資源探査ビジネスを請け負っているのはいずれもアメリカ企業である。 強かさではアメリカも負けてはいない。 対中投資でも日本以上の食い込みぶりを見せている。
 問題は、その過程でどうも日本をモルモットにしているとしか思えないひどい事象が多々あることだ。 「 中国封じ込めの劇薬 」をまず日本で試してみる。 そんな発想すら同盟国アメリカにはあるようだ。 バブル崩壊後のハゲタカ的な日本企業買収の成功体験を中国に当てはめようとしているのがアメリカである。
 日本が中国からもアメリカからも、たかられっぱなしである現実は5年前と比べ、さらに深刻さを増している。 一刻も早く、「 中国特需 」や「 アメリカ頼み 」の夢から覚めることが必要である。 中国ともアメリカとも本気で付き合うためには、彼らの発想やビジネスのからくりを知らねばならない。

( ※1 )
中国外貨準備高9879億ドル、世界一更新 9月末
2006年10月13日(金)20:59

 中国人民銀行が13日発表した金融統計( 7〜9月 )によると、9月末時点の中国の外貨準備高は9879億ドル( 約117兆円 )と、6月末時点より468億ドル増えて世界一の規模を更新した。 2位の日本を1000億ドルも上回り、10月末には1兆ドルに達する勢いだ。 1000億ドルを上回る過去最大の貿易黒字や活発な海外からの投資に加え、人民元の上昇を見込んだ投機資金の流入に対抗してドル買い・元売り介入を続けていることなどが背景にある。
 中国の外貨準備高は、輸出が急伸して人民元の切り上げ期待が高まり始めた03年ごろから急テンポで積み上がり、毎年2000億ドルずつ増えている。
国債など低リスクの公債中心で、3分の2以上が米ドル資産とされる。
 元高ドル安を阻むためのドル買い・元売り介入で、国内で流通する通貨量は増え続けており、インフレ懸念を抱えている。 中国政府は企業や個人の海外投資などの形で外貨を外に押し出す政策を打ち出したが、目にみえる効果は出ていない。
 一方、日本の9月末の外貨準備高は8812億7300万ドル。 通貨当局はここ2年半、市場介入をしていない。
( ※2 )
サハリン1の日本向けガス600万トン、中国が獲得
2006年10月21日(土)03:00

 日本が開発に参加しているロシア・サハリン沖の資源開発事業「 サハリン1 」で、事業を主導する国際石油資本( メジャー )の米エクソンモービルが、産出される天然ガスの全量を中国に輸出する仮契約を中国側と結んだことが20日、明らかになった。
 正式契約が結ばれれば、日本は産出された天然ガスを輸入できなくなる。 イラン・アザデガン油田の石油開発や「 サハリン2 」に続き、サハリン1でも資源確保につまずくことで、日本のエネルギー戦略は大幅な見直しを迫られることになる。 サハリン1は日、米、ロシア、インドが権益を持っているが、天然ガスの輸出先についてはエクソンが事実上の決定権を握っている。 関係者によると、エクソンは今月、中国の国営石油会社「 中国石油天然ガス集団公司( CNPC )」と仮契約を結び、産出天然ガスのうち、ロシアの取り分を除く約600万トン( 液化天然ガス換算 )のすべてがパイプラインで中国に輸出されることになったという。

国益に合わない「巨額の経済援助」をいつまで続けるつもりなのか?

東京の一等地を買い漁る中国の資金は、どこから出ているか

 ここ数年、東京駅周辺の再開発計画が進んでいる。 その一等地を買い占めているのは、もはや日本の金融機関や大手ゼネコンではない。 中国に吸収された香港資本が、その中心になっていることは、公然の秘密である
 これ以外にも、銀座や赤坂など、わが国の一等地といわれる土地やビルが、中国の資本家によって買い進められている。 意外に思われようが、中国は世界第二位の外貨保有を誇る金融大国なのである。
 その中国に、日本はこのところ、年間2〜3000億円近くの経済援助を続けている。 これを日本では「 ODA外交 」と称しているわけだが、中国にとっては、「 寄生戦略 」の願ってもない対象にほかならない。
 日本は海外の発展途上国に対して、ODA( 政府開発援助 )を積極的に与えてきた。 それは、平和国家・日本が、軍事力に代わる経済援助力によって、世界に貢献しようとした証といってもよい。
 外務省が毎年出している『 わが国の政府開発援助 』( ODA白書 )の1999年版を見ると、日本の1998年のニ国間ODAの実績は、対前年比40.8%増の1兆164億円であった。 これに国際機関を通じた援助2783億円を加えると、ODA全体の実績は1兆4047億円となり、過去8年連続して世界第一位であることがわかる。 ちなみに第二位はアメリカ、第三位はフランスと続く。
 外務省は、ODAの意義について、「 世界第二位の経済大国日本にとって、重大な責務であり、わが国が国際社会から信頼と評価を高めることにつながり、日本の国益増進に役立つ 」と高らかに謳いあげている。
 しかし、日本の国益が具体的にどのように増進されたのか。 その費用対効果についての分析や説明はどこにも見当たらない。 ODA白書に見られるのは、日本の援助に関する自画自賛の言葉の羅列である
 では、1兆円を超える日本のODAは、どれだけの国に与えられているのか。 1997年の実績で見ると、世界180ヵ国にばらまかれている。 そのうち、アルゼンチンからラオスまで、55ヵ国の途上国にとって、日本は最大の援助供与国となっている。 まさに、受け入れ国からは「 日本のODAはサンタクロースの贈り物 」と見なされているのである。
 そのなかで、どこの国がもっとも多くの援助を受けているかというと、東京の土地買い占めに躍起になっている中国なのである。 日本から流れる政府貸付の22%、二国間援助の13%以上が中国向けとなっている。 中国は、「 戦争責任 」を口にしては、日本から多額の援助を受けているが、それだけでは足りないと見える。

中国が援助超大国・日本にたかった「 6兆円 」

 実際、中国は、途上国としての額を最大限に活かして、日本から毎年多額のODAを受け取りながら、一方で、北朝鮮、カンボジア、ミャンマーなどのアジア諸国をはじめ、アフリカやユーゴスラビアなどに、経済技術援助を提供しているのである。
 例えば、1999年、中国は北朝鮮に対して、食糧15万トン、コークス40万トン、原油50万トンを無償援助している。 それ以外にも、核ミサイル開発技術を提供したり、電磁波兵器の技術援助を行なったりと、両国の関係は軍事面を中心に緊密さを増しているが、彼らの仮想敵国は他ならぬ日本なのである。
 そんな敵意を秘めた国に、多額の援助を与え続ける日本。 実におかしな話といえよう。
 これまでに、日本が中国に提供してきたODAの総額は、20年間で約3兆円といわれている。 しかし、実は、ODA以外にも、国際協力銀行( 海外経済協力基金と日本輸出入銀行が99年10月に統合されてできた政府系の金融機関 )が同じような経済援助というかたちで資金を提供している。 こちらが、ほぼ3兆円とみられる。 そうすると、過去20年間で、合計6兆円近くの資金が中国に流れているということになる。
 外務省によれば、中国にとって、「 日本は最大のスポンサー 」ということである。 日本は中国が海外から受け取っている援助のほぼ半分を提供してきた。
 9000億ドルを超え、アジア第二位のGDP( 国内総生産 )を誇る中国の最近の経済成長は、日本の経済援助なしには、とても達成できなかったのではないか。 そう思えるほど、日本は中国に対して全面的な支援体制を組んできたのである。
 日本がODAとして援助している国別の資金総額を見ると、しばらくインドネシアが第一位であったが、11996年から、中国が並び、ついには第一位になった。 日本のODAの20%を中国一国が占めているのである。
 しかも、産経新聞の古森義久中国総局長によれば、外務省の説明とは異なり、中国にとっては、世界から受ける経済援助の90%が、日本から提供されているという。
 対中ODAに関しては、見直し論が急速に高まった。 「 原子爆弾持って、ミサイルで日本を攻撃するかもしれない国に援助をしている。 こんなアホなことあるか 」という塩川正十郎元財務相の発言も功を 奏した。 2001年から削減が始まり、2003年度の対中ODAに占める円借款は967億円となり、2000年度の半分程度まで縮小された。 2008年の北京オリンピック開催までには対中ODAはゼロになるはずである。 しかし、中国は日本の国際協力銀行や日本が最大の出資者であるアジア開発銀行などから迂回融資という抜け道を使ってジャパン・マネーを吸い上げる工作を展開している。


「過去」を蒸し返しては、「金」と「技術」を奪うその手口

化学兵器処理問題で中国がふっかけてきた“数字”

 中国は、日本の戦争責任をどのように政治的に使うのか。 過去の歴史的ないきさつが、“錬金術”のたいへん重要な「 武器 」として利用された例を挙げてみたい。
 それが、最近、関心を呼んでいる「 旧日本軍による遺棄化学兵器の処理問題 」である。
 中国大陸における遺棄化学兵器問題が顕在化したのは、1990年のことである。 中国側からこの問題を切り出された当時の外務省は「 初耳だった 」と、非常に驚いたという。 その後、紆余曲折を経て、99年7月30日、北京で日中両国政府はこの遺棄化学兵器の処理に関する覚書に調印することになった。
 その結果、推定70万発と見られる化学兵器の処理を、すべて日本の責任で進めることになった。 つまり、日本は、金、人、技術を出すことになったのである。
 この処理に当たって、いったいどのくらい費用がかかるのか。 それは、いまのところ不明である。 ただ、日本政府の大ざっぱな見積もりでは、最低でも5000億円から1兆円だという。 下手をすれば五兆円近くかかるかもしれない。 この大金は、われわれの税金から賄われることになるのだ。
 この問題に詳しくない方のために、経緯を整理してみよう。
 中国側の当初の主張は「 旧日本軍が先の大戦終結に際し、大陸各地に約200万発の化学兵器と100トンの化学剤を遺棄した。 そのため、戦後も中国の環境汚染の原因となっているだけでなく、誤って毒ガスに触れ死んだ中国人も3000人近い。 よって、すべての責任を負う日本は、これらの化学兵器を日本国内に持ち帰り、処理すべきだ 」というものであった。
 これに対して日本側は、当時の村山富市内閣が「 戦後50年問題 」を積極的に処理しようという姿勢を見せたこともあり、責任を認め、誠意をもって対処するという方針を固めた。
 そこで、1995年の村山総理の訪中を機に、「 日中戦争への反省の意思を明確にする 」ため、日本政府が責任をもって、旧日本軍の遺棄化学兵器を処理することを約束したのである。
 その方針を受け、日本政府は現地調査を進めた。 すると、実際は中国側が主張していた200万発ではなく、約70万発であることを確認した。 中国は3倍近い数字をふっかけていたわけだ。 日本政府も、ここではだまされなかった。

国際条約締結で見せた中国の“外交手腕”

 そして、両国政府が交渉を重ねた結果、1996年、中国側の譲歩を得て「 環境や人体への悪影響がないようにするのであれば、中国国内で処理することを認める 」ということになったのである。 この合意が得られるまでは、日本側は、大量の化学兵器を持ち込んで処理する日本国内の無人島探しに苦慮していた。
 そこで、中国国内に処理工場を建設する方向で話し合いが進み出した。 その矢先の97年4月、化学兵器禁止条約( CWC )が発効したため、事態は思わぬ方向に動き始めたのである。
 この化学兵器の包括的廃絶を目指した画期的な条約は、93年に調印されたものだが、批准に躊躇ためらう国が多く、二〇世紀中の発効はむずかしいと日本政府は判断していた。 当初、中国も、この条約の批准には消極的な姿勢を見せていた。
 ところが、その実、中国は慎重にアフリカなどへの裏工作を進めていた。 そして、条約の内容を「 遺棄した締約国がすべての資金、技術、専門家、その他の資源を提供し、10年以内に廃棄を終えることを義務づける 」ということにした上で、97年にはあっさりと批准したのである。 その結果、この条約は予想外に早く発効することになった。
 もともと日本は、旧日本車の遺した化学兵器処理問題については、中国との二国間の交渉で解決にあたろうとしていた。 中国に対する最大の経済援助国である日本とすれば、二国間で話を詰めれば、中国側もあまり無理難題は言ってこないだろうと希望的観測を抱いていたようである。
 しかし、その目論見は、化学兵器反対という国際的な潮流を巧みに演出し、さらには自国の国益を大胆に追求するという中国の作戦によって、見事に覆されたのである。 中国外交の完全なる勝利であった。
 日本としては意外な展開になったが、後にこの問題が、アフリカを舞台とした、たいへんな補償問題にすり替わっていくとは思ってもみなかったのである。 実際、外務省の幹部も「 これほど深刻な事態になるとは、あのとき思わなかった 」ど述懐している。
 また、政府もマスコミも、日本においては遠いアフリカの動きであるためか、この問題については、それほど関心を寄せることもなかった。

「 中国人3000人が毒ガス死 」は、中国の脚色

 「 中国が批准することはない 」という読みだった日本政府は、足元をすくわれたも同然となった。 しかも、この条約では「 相手の同意を得ないで遺棄した化学兵器の処理を義務づけている 」が、この点についても、日本側は中国の巧みな操縦に乗せられてしまっていたのである。
 本来、この条約を厳密に解釈すれば、日本には遺棄化学兵器の処理の責任はないとはねつけることも可能であった。 なぜなら、日本は完全なる武装解除を求めたポツダム宣言を受諾して降伏したからだ。
 ということは、降伏にあたって、旧満州と万里の長城以北にいた日本軍はソ連軍に、その他の地域の場合には、中国軍に武器弾薬を差し出すことになったのである。 したがって、化学兵器を含めた旧日本軍の武器弾薬は、このとき、その所有権はソ連軍ないし中国軍に移っていたのである。
 となると、問題になっている旧日本軍製の化学兵器類というのは、遺棄したのは日本車ではなく、ソ連軍と中国軍ということになる。
 実際、1991年からの日本政府による現地調査によれば、遺棄された化学兵器のなかには、ソ連製や中国製のものも混じっていたという。 その点を強硬に申し入れすれば、今日のような事態は回避できたはずである。
 その上、中国側は「 誤って毒ガスを吸って死んだ中国人が3000人近い 」と日本の責任を追及してきたが、それには相当な脚色が施されていたのである。
 どういうことかといえば、文化大革命の折り、国家建設に必要な鉄不足に陥った中国では、国民から鍋、釜の供出を求め、それらを溶かして鉄を作った時期があった。
 当時は、中国政府のプロパガンダにより、「 大躍進 」として盛んに宣伝されたものである。 しかし、鍋、釜はたちまちなくなってしまった。 そこで、金属製のものなら何でも溶かせということになり、日本軍から没収していた武器弾薬の一部もその対象になったようなのである。 弾薬の内容を確かめないまま、イペリットやルイサイトなど、毒ガス弾も、鍋、釜といっしょに溶かしたという。 その際、発生した毒ガズで多数の死者がでたと言われているが、この事実は、最近まで中国でも公表されてこなかった。
 なぜなら、詳細が明らかになれば、文化大革命の犠牲者3000万人の問題が新たな火種を生み出しかねないためである。
 文化大革命時代の悲惨な過去については、いまだに歴史の闇として葬られている部分が多い。 下手に突っつけば、中国共産党の暗部が明らかになり、党への不信感が加速するおそれもあるにちがいない。 また、中国軍が没収した日本軍の武器弾薬を使って国民党軍を台湾に追いやったという過去が暴かれる懸念もあったためであろう。
 しかし、村山政権を支えた自民党の河野洋平外相( 当時 )は、そのような背景を知ってか知らずか、大胆にも中国の意向を尊重し、「 化学兵器に日本製もソ連製も違いはない。 それらを区別して処理するのもたいへんな手間だから、中国製も含めてすべてまとめて日本が責任をもって処理する 」と大見得をきったのである。
 当時、その報道に接したワシントンの外交専門家たちは、「 あまりに大ざっぱで、国益を考えない決断だ 」と呆れていた。
 その後も、中国側は日本の無知を逆手に取るように、日本に対して要求をエスカレートさせてきた。 98年、初来日した江沢民国家主席も、この問題に触れ、日本の戦争責任を追及する姿勢を崩さなかった。 橋本龍太郎元総理も小渕恵三前総理も、こと中国との歴史問題となると、「 ご説ごもっとも 」の姿勢に終始していたのは、あまりにも情けない。

日本の外務省が隠したがる合意文書の“内容”

 しかし、それ以上に情けないのは、日本の大手商社の姿勢である。 中国側の要求をいいことに、遺棄化学兵器の処理は1兆円を超すビッグビジネスと受け止め、処理技術を持つといわれる欧米の軍需産業と代理店契約を結んだ上で、中国詣でを重ねているのである。
 そうした商社の体質を見越した怪しげなブローカーが暗躍しているという話もある。 また、彼らと組んだ日本の闇世界のフィクサーたちも盛んに動き出している。
 とにかく、1998年から日本が技術者を派遣し、実験的に中国で処理作業を始めたのだが、1年間で200発を処理するのがやっとであった。 そして、その経費だけで1億円を超えたといわれる。
 単純な比較計算はできないが、このペースでは、70万発を処理するのに、3500年もかかってしまうことになる。 これでは、10年以内に廃棄を終えることを明記した化学兵器禁止条約違反となってしまう。
 そこで中国は、「 金さえ出せば、自分たちで処理する 」と、あからさまな金銭要求を持ち出してきた。 しかしそれでは、日本から提供される1兆円を超す資金が何に使われるかわからない。 もしかしたら、中国の軍事補強に流用される可能性がないとは、断言できないのである。
 以上のような経緯で、日本は、とにかく正式な処理体制を固めるための合意を急ぎたかった。 こうして、99年の覚書の調印にこぎ着けたのであった。
 しかし、この合意文書の原文を読めば、日本人はプライドというものを捨てたのかと思われるような表現が並んでいるのである。 合意文書には次のように記されている。

 「 日本による遺棄化学兵器の処理問題は、日本の軍国主義が中国を侵略した際に犯した重大犯罪のひとつである。 同時に、これは中日間の未解決の重大な歴史問題でもある。 今日に至るも中国人民の生命と財産、さらには生態系を含む環境全般に深刻な危害を与え続けている 」

 繰り返すが、日本がポツダム宣言を受諾した段階で、化学兵器の所有権は中国に移っているのだ。 それにもかかわらず、この断定的文章は何なのか。 だいたい、環境全般におよぶ被害とは、具体的にどのようなものを指すのか。
 合意文書とはいえ、一方的に中国側の主張だけを列挙し、「 日本がすべての責任をもって処理すること 」を要求しているのである。 このことを、なぜ日本のマスコミは伝えようとしないのか。 あえて自主規制しているとしか思えないのだ。
 横暴な主張は、まだ続く。 「 不測の事態が発生した際には、日本がすべての補償を行なうこと 」が、この文書では、約束させられているのである。
 日本政府は、まず作業経費として50億円を計上する予定である。 だが、この合意文書にしたがえば、無尽蔵に中国に資金を提供する羽目にもなりかねないことになってしまった。
 わが国の外務省は、このような日本の国益を無視したような合意を中国と結んでおきながら、その原文は極力、表に出さないようにし、日本のマスコミ向けには、表現を和らげた部分的な日本語訳しか提供していない。 その秘密主義は、中国に資することがあっても、日本のためには百害あって一利なしである。





「情報戦」後進国・
    日本がいま気づくべきこと

日本政府を襲ったサイバー・テロ事件の真相

 2000年1月末、科学技術庁から始まって郵政省など、わが国の政府が開設しているホームページ30ヵ所の中身が、次々と外部から書き換えられたり、靖国神社のように大量の脅迫メールが送りつけられ、インターネット用の電話回線がパンクするという前代未聞の事件が起こった。
 なかには、重要なデータが消し去られるという、先進国としては恥ずべき事態もあった。 サイバー・テロに電脳立国があっさりと屈してしまったのである。
 犯人は誰なのか。 こういったホームページの内容を書き換えるというのは、厳密な意味では、ハッカーの仕業とは言いがたい。 本来、英語のハッカー( Hacker )とはコンピュータ・プログラミングのプロに与えられる尊称のようなもので、マイナスのイメージはない。 インターネットを使って犯罪的な行為やいたずらをしでかす連中は、通常、クラッカー( Cracker )と呼ばれる。
 ハッカーよりもはるかに初歩的なレベルの、このクラッカーと呼ばれる集団が、一連の政府機関のホームページ書き換え事件に関与したと思われる。 功名心から日本政府のホームページに侵入していたずらをしてやったと、自慢しあうような犯人像が浮かんでくる。
 ただ、この事件が単なるクラッカーのいたずらとして片づけることができないのは、書き換えられたホームページの中身の大半が、英語と中国語で書かれていたということである。
 しかも、異様だったのは、その内容が、南京大虐殺に関して日本の「 歴史責任 」を追及するというものになっていたことである。 「 南京大虐殺という歴史の真実を見る勇気のない日本人はアジアの恥さらしだ 」という中国語のメッセージが躍っていた。
 いま中国国内では、多くの若者たちに対して、日本の政府や企業のホームページを攻撃しようというメッセージや、そのために必要な情報が交換されている。
 香港に本部のある人権団体「 中国人権民主化運動情報センター 」によれば、これら一連の事件の実行犯は、中国のハッカー集団「 中国極右翼抗日連盟 」だという。 この連盟のホームページには、攻撃対象として日本の官邸や各省庁など、約300のホームページや、100人ほどの国会議員の電子メール・アドレスのリストが掲げられていた。
 中国が日本に対して戦争責任を追及するときと言えば、決まって日本から賠償金を請求したり、技術的な協力を無償で求めるときの常套手段であった。 このことを考えれば、今回の犯人像もおのずから明らかになるというものであろう。
 実際、この事件直後、中国のハッカー集団( 黒客 )が、同国のコンピュータ専門誌「 電脳報 」を通じて、対日情報戦の勝利宣言を行なっている。

アメリカと台湾は“反撃”に成功した

 では、この時期、日本政府が攻撃を受けた理由は何だろうか。 それは、2000年1月23日に、大阪の市民団体「 戦争資料の偏向展示を正す会 」( 青木匠会長 )が、「 二〇世紀最大の嘘・南京大虐殺の徹底検証 」と称する集会を開いたことに対する抗議にちがいない。
 この集会が開かれることを事前に知った中国外務省は、外交ルートを通じて、日本政府に中止を求めてきていたが、日本政府が取り合わなかったために、実力行使に出たものと思われる。
 中国政府は、日本の市民団体が大阪で開いた300人の集会に相当腹を立てた模様である。 朱鎔基しゅようき首相自らが「 ごく少数の日本の極右勢力が中日関係を妨害し、破壊している 」とまで発言し、日本に軍国主義が復活し始めた表われだと断定している。 針小棒大にもほどがあろうというものだ。
 そして、中国は日本に対して、「 ネット・ウォーズ( インターネット上の情報戦争 )」を展開してきたのである。 中国では、1997年から人民解放軍が本格的なコンピュータ・ウィルスを使った情報戦争の演習を始めたといわれる。
 中国軍の幹部に言わせると「 われわれはアメリカより2年早く、1987年に情報戦争( 中国語では「 信恵戦争 」)という用語を発明した 」そうで、1986年には「 863計画 」と呼ばれる電子戦( レーザー兵器、マイクロ波兵器、電磁波兵器など )の準備に着手している。
 ここで問題なのは、日本は中国の情報戦能力を過小評価しており、被害に遭っていながら、その犯人を特定する努力を自ら放棄していることである。 さまざまな理由をつけて、クラッカーの身元を明らかにしようとしない。
 同じ時期、似たような被害に遭った台湾やアメリカの政府機関では、犯人追跡に成功している。 その犯人は、北京にある公安警察のコンピュータから海外への不正アクセスやネット攻撃を繰り返していたという。
 その事実を知ったアメリカは、犯人のコンピュータを麻痺させるべく、メール爆弾を送りつけ、反撃に成功したと公表している。 日本の対応とは大違いである。 中国の扱いに関しては、アメリカのほうが数枚上手といえよう。
 これは、国家の安全保障に対して、ごく当たり前の対応をしているにすぎない。 台湾でさえ、中国が情報局のデータベースを破壊するネット攻撃を仕掛けてきた際には、即、反撃を試みている。
 日本のように何もせず、ひたすら中国のご機嫌をうかがうという国は、絶滅の危機に瀕した動物のような存在に等しい。

 中国やアメリカといった超大国に対して、巧みな外交やビジネス交渉を進めるためには、常に変化する国際環境の動きを把握し、彼らが企ててくる「思いもよらない」攻撃から身をかわしたり、相手の動きをビシリと封じる技を体得しておく必要がある。 しかも、それが自然で無理のない対応であれば、双方にしこりを残すことなく、難局を切り抜けることができるだろう。
 日本人には、そのような「知恵」と「技」を大切に育む伝統がある。
 個人も国家も「たかられ続ける」ことに甘んじていては、未来はない。 相手がどのような罠や攻撃を仕掛けてきても、事前に察知することで巧みに回避したり、変幻自在に反撃することが必要である。 そのためにわれわれは、いま、何をすべきか?
外務省よ、少しは利口になれ!



Hosted by www.Geocities.ws

1