成田を去る日 (20060730)

これまで勤務地を去るときは、外部の意思により決定された。しかし、今回は自発的に勤務地を去り、新たな勤務地に向かう。この辺の経緯はMy Blogに譲るとして、今日は成田を去にあたって成田に対する思いを述べてみよう。
これからも海外に出かける機会は多いと思うが、4年前のかっての自分がそうであったように、しばらくの間は成田は単なる通過駅で、敢えて途中下車はしないと思う。今度来る時は4年後の2000年の夏(数えで61歳)に厄の駆除に来たい。その年は丁度、成田山開基1070年にあたり、総門も完成している。強いて何年後かにもう一度逢いたい人を挙げるとすれば、向かいのスナックのマスターと彼の親父である。親父は私と同じ年代なのに、30過ぎの息子(スナックのマスター)の前で、まだ若い女の話をすることに熱心で、いつもバイタリテーに満ち溢れている。実際離婚歴があるようで、現在の奥様とは彼女が高校生の時に結婚したらしい。白髪の坊主頭が、柳家こさん師匠に似ていて、やけにかわいい。成田を去る日、私はいつものようにその店で恵比寿ビールを飲み、残りものの定食が出て来る間、マスターのかけてくれた「ホテルカルホルニア」を聴いていた。

"Hotel California"
On a dark desert highway, cool wind in my hair
Warm smell of colitas, rising up through the air
Up ahead in the distance, I saw shimmering light
My head grew heavy and my sight grew dim
I had to stop for the night
There she stood in the doorway;
I heard the mission bell
And I was thinking to myself,
'This could be Heaven or this could be Hell'
Then she lit up a candle and she showed me the way
There were voices down the corridor,
I thought I heard them say...
Welcome
to the Hotel California
Such a lovely place (Such a lovely place)
Such a lovely face
Plenty of room at the Hotel California
Any time of year (Any time of year)
You can find it here ...................................

この歌詩が正確な意味するところは分からないが、私は「1970年代のベトナム戦争後の疲労感と虚脱感が蔓延している中で、何とかしようと葛藤している若者の心情を 語っている」と理解している。自分に元気を与えてくれる歌として聴いている。あのイントロの太鼓の音がいい。店のマスターは私が行く、わたしの好みを心得ていてこの曲をかけてもてなしてくれたものだ。



(毎日通勤に利用した京成電鉄 京成成田駅)


(中国語と英会話の学習に通ったNOVA)


そうそう、成田のお祭りに来てよく演奏していた二胡奏者のワン(王)さんのその後の演奏も聞いてみたい。彼の最後の演奏は「宗吾霊堂の紫陽花祭り」で聞かせてもらった。幸いその日は雨のため、お寺の本堂で行われ、期待していた彼の演奏のビデオ撮影は音が飛ぶこともなく、予想以上の品質でビデオに収めることが出来た。私が一時中国語や中国音楽に関心を持ったのは彼との出会いがきっかけであった。成田のお祭りといえば、数ある中での4月に行われる「成田太鼓祭り」は感動ものである。

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