何を思ったか、自分の青春時代について書いてみようと思う。 これを読んでらっしゃる御年配の方からすれば18の自分が既に自分の 青春時代を振り返って居る等と言うのはオカシイ事なのかも知れないが、 自分が自分の人生を振り替える事は別に珍しい事ではない。 実は11歳の頃から「ああ、俺はもう年だな」等と言っていたカワイゲの無い ガキである。

時に自分の青春時代とは16の頃であると思う。あの頃は楽しかった、等と言う 記憶は無いが、それなりに「若かった」ように思える。今でも十分若いのだが。何しろ本気で「俺は音楽で飯を食って行こう」等と思って居たのだ。 振り返ってみると一緒に音楽をやってた奴も面白かった。シンガーはヤク中+精神異常だったし、ドラマーも(一人目の)ヤク中で在った。シンガーの方は本当に少し危ない奴、いわゆるキレると止まらないと言う方で、店員にガンつけられたと言ってその店(何の店だったかは覚えて無いが)を壊した(?)事があるようである。その上幻覚を見る。風呂場に自分の死体が在り、それを見ながらオナニーをした、なんて話を直接聞かされると流石に面白かった。彼のその後に付いてはバンドを辞めた後、しばらく音沙汰が無かったが、つい最近、マリファナの大量保持で警察に捕まった、と言う話を風の噂で聞いた。ドラマーの方は一見マトモだったが、15の時にコカインで捕まった事のある奴で自分と一緒にバンドをやってた時もカウンセリングを受けて居た。このドラマーは初代ドラマーでエゴの強いシンガーと馬が合わず結局クビになってしまったのだが、その後彼の母親が大量のマリファナを彼の部屋から発見、カウンセラーに相談した所、彼が警察に通報し、あえなく逮捕。解放された後に自殺未遂をし、フィラデルフィアか何処かの施設に強制収容されたと言う事である。彼はタチの悪いアメリカンジョークが大好きで、良く「ピザとユダヤ人の違いは何か?」「それはピザはオーブンに入れられても叫ばない」だとか、「車一台にユダヤ人を何人乗せられるか?」「灰皿の中に300万人」等と言う、人種差別ジョークを連発していた。ある時外でタバコを吸いながらこんな話をしていると通行人に説教されたが実は彼がユダヤ人だったので彼はあわてて自分がユダヤ人である事を証明しようとして他のメンバーは後ろで爆笑していた覚えがある。一番最初のメンバーはこの二人と自分、そしてロシア人のキーボードだったのであるが、(最初ベースが居なかった)その後音楽性の違い(?)から彼が辞め、上記の理由でドラマーがやめ、新たにベーシストと新しいドラマーが入った。余談ではあるが、この二人は特に問題もなく、一応社会に適応して居た。この後、徐々に現実に気づいて行き、結局自分はバンドを辞め、その後彼らも新しいギターを捜す事ができず、結局解散したようである。

一時はレコーディング等も本格的に大枚をはたいてスタジオを借りて行ったりしたのだが、結局シンガーのエゴ、「これはまだまだ不十分である」と言う一言により、いかなるレコード会社に送るのも却下された。こうした事が続くにつれ、いかに音楽で飯を食って行くのが難しいかと言うのを気づいていったのである。最初は自分の好きな音楽をやっていれば良いのだが、少しでも本格的にやろうとすると音楽よりも人間関係、バンドのマネージメント、コネ等が必要になってくる。良く考えてみれば、俺が居た頃は俺がマネージャーで在った、シンガーの「あーしたい、こーしたい」と言う御希望に添え、アイデアを具体化し、メンバーに連絡を取っていたのである。果てには「今日練習あるの?」とメンバーから良く電話がかかって来て、その度に俺が他のメンバーに連絡を取り、折り返し電話をしていたのである。

しかし、音楽をすると言う事は非常に楽しかったのを覚えて居る。地下室などでみんなまったりしながら、ドラマーが叩くリズムに合わせて自分が適当なリフを弾くとベースがそれに合わせる、シンガーが歌詞をためてるノートをめくって思う侭に叫びだす。実際他のバンドがどうして曲を書いているのかは知らなかいが、自分達はこうして曲を書いていた。楽譜を読める奴なんか一人も居ないし、(俺は今でも読めないし)ロクに音楽を勉強した奴も居ないが、みんな適当に好きな事をやり、それで音楽ができて居たのである。みんなでタバコ吸い、ビリヤードをして、ピザを食って、ポルノを見て時間をつぶして居たように思う。結局一年以上、ヒマな時は集まって一緒に音楽をやっていたが、バンドとして行った事を言えば、マトモなライブは一回、CDを一回作ったきりである。音楽で生を建てて行くと言うのは思いのほか難しいと悟った一年であった。

シンガーと俺は一番仲良かったのでその後も時々遊んだりして居たが、お互いに「あー、また電話する」と良いながら絶対にしないようなタイプなので段々と疎遠になってしまった。ベーシストもその後の消息はつかめないし、唯一その後が分かっているのは二代目ドラマーである。未だに同じ学校に行ってるので廊下等で時々顔を合わせるが、マトモなバンドはやってないようだ。

当時親に「俺マジでアメリカ残って音楽やりたい」等と言うと「うーん。。」と欲言われた物だが、いまとなっては非常に納得できる事である。趣味を仕事にすると楽しめなくなる。どんな好きな事でも義務感の元に行うと楽しみは半減する。趣味は好きなときに好きなだけやれば良い、と思う。

自分はいつも振り返ってから「ああ、あの時は良かった」と思うタイプの人間である。つくづくいつも損していると思うが仕方無い。自分は今現在18になるが、後数年して振り返って見ると「18の頃は良かった」と思うのであろう。実際自分の人生を客観的に見るとこれ以上何も望む事は無い。しかしまぁ、そんな物であろう。こんな俺に取って「青春」と言う「過ぎてから実感する物」はこれから幾つも現れるであろう。見様によっては死ぬ前には一生全てが「あの頃は良かったなぁ」であるかも知れないのだ。リアルタイムで人生を楽しめないと言うのは損かもしれないが、考え様によっては自分は一生を「青春」できる人間かもしれない。

時に、今でもギターは弾いているが人前では久しく弾いて居ない。一部の人間からは「カズキはギターが上手い!」と言う評価を得てるが、それもこれも人前でギターをあまり弾かない、と言う事の賜物であろう。せっかく良い方に誤解されて居るのに、わざわざそれを解く必要もあるまい。

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