ゲッティンゲンの町 ゲッティンゲンは
どうしておこったか
 

 現在、中部ドイツにある、ゲッティンゲンという都市が歴史上登場する前はというと、グローネ(ゲッティンゲン南西)にあるグローナ城があっただけでした。ここで915年、ハインリヒ公爵がコンラート王に抵抗したと言い伝えられています。最も古いゲッティンゲンに関する文献は、953年、オットー1世の贈与文書が書かれた時代と言われています。贈与文書によると、オットー王の封臣、ビリング(後に伯爵に奉ぜられることになります)という男は、マクデブルクのモーリッツ修道院に属していたグティンギ(現在のゲッティンゲン)という別荘地の管理を任されたそうです。

 伝説によると、ビリング伯爵は奥方と娘と一緒に、グローナ城に住んでいました。しかし、グローナ城は風が吹きすさぶ高台にあり、奥方たちは、孤独な生活に耐えられなくなってきました。特に冬はひどいものでした。奥方たちは、そこを留守にすることが増え、小高い丘の下を流れる川の辺、美しいライネタールという地を好むようになりました。それで、ビリング伯爵は、とうとうその谷に第二の邸宅を建てました。

 さて、グティングの方はといいますと、伯爵は家来のためにまず、そこに宿舎を建てました。すると、そのうち、職人、商人、様々な人々が移り住むようになり、かなり多くの集落が出来てきました。すぐにグティングは評判になり、グティング屋敷と呼ばれるようになりました。

 ある時、オットー1世が旅行で、グティングに立ち寄りました。皇帝はかの地を殊のほか気に入られ、ビリング伯爵に、他の土地を奉じるので、グティングと交換してくれるよう言いました。その後、グティング即ち、後のゲッティンゲンは、皇帝の庇護の下、大きく成長し、後に都市の権利を授けられることになったのです。
 


 
 
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